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浦和地方裁判所 平成8年(行ウ)10号 判決

原告 高石達雄 外三名

被告 与野市長 外二名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告与野市長井原勇は、与野市の平成八年度予算のうち、政令指定都市推進費一〇七三万八〇〇〇円を支出してはならない。

二  被告井原勇は、訴外与野市に対し、金五五〇万円及び被告福田輝夫と連帯して金一九〇万円並びに右各金員に対する平成八年五月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告福田輝夫は、訴外与野市に対し、被告井原勇と連帯して金一九〇万円及び右金員に対する平成八年五月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、被告らの負担とする。

五  第二項、第三項につき仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、被告井原勇が与野市長として、また、被告福田輝夫が与野市政策審議室長として、与野市が他市と合併することを前提とした政令指定都市推進に関する費用を支出したのに対し、与野市の住民である原告らが、右公金の支出は与野市の策定した基本構想、基本計画の内容と相容れないものであって違法であり、右公金の支出により与野市に損害を与えたとして、与野市に代位して、右被告らに損害を賠償することを求めるとともに、与野市が平成八年度予算として右同趣旨の予算を計上していることから、被告与野市長に対し右公金の支出の差止を求めた住民訴訟である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告らは、与野市の住民である。

(二) 被告井原勇は、与野市長の職にあり、かつ、市長として与野市の予算の執行権限を有する者である。

(三) 被告福田輝夫は、与野市政策審議室長として、与野市職務権限規定第一五条に基づき、平成七年度補正予算に計上された政令指定都市推進費のうち、政令指定都市推進パンフレット代一四〇万円及び三市合併・政令指定都市推進行政連絡会議負担金五〇万円を支出する専決権限を有する者である。

2  本件公金の支出

(一) 与野市の平成七年度一般会計補正予算に基づき、

(1) 被告井原勇は、与野市長として、平成七年一一月一五日付けで三市合併・政令指定都市推進行政連絡会議負担金五五〇万円を支出した。

(2) 被告福田輝夫は、与野市政策審議室長として、平成七年一〇月二五日付けで政令指定都市推進パンフレット代一四〇万円、同年一一月一五日付けで三市合併・政令指定都市推進行政連絡会議負担金五〇万円の合計一九〇万円を専決権限者として支出した。

(二) 被告与野市長は、平成八年度予算の執行として、政令指定都市推進費一〇七三万八〇〇〇円を支出する予定である。

3  与野市の基本構想の策定

(一) 与野市は、地方自治法二条五項に基づき、昭和五八年三月に、平成一二年を目標年次とした「与野市第二次総合振興計画」(基本構想/基本計画)を策定した。

右基本構想の中では、「基本目的」として、「この基本構想は昭和七五年(平成一二年)を目標年次とする。なお都市像については、さらに長期に渡る展望のもとに設定する」と記載されているが、他市との合併を不可欠の前提とする政令指定都市推進に関わる方針は一切存在しない。

(二) 平成三年三月、与野市は、右基本構想に基づき、「与野市第二次総合振興計画、後期基本計画(目標年次平成一二年)」を策定した。

右基本計画にも、政令指定都市推進の方針は一切なく、かえって「二一世紀の都市像・小さくてもキラリと光る『快適生活都市・与野』」と表現されている。

4  住民監査請求

原告らは、平成八年二月五日、前記2の各公金支出について、地方自治法二四二条に基づく監査請求をし、与野市監査委員は、同年三月二八日付けで右請求を棄却した。

二  争点

本件の争点は、与野市の基本構想、基本計画(以下、両者を併せて「基本構想等」という。)に定められた施策の方針が同市の個別的な施策を法的に拘束するかどうか、及び本件公金の支出が基本構想等に反するとして違法となるか否かである。

1  原告らの主張

(一) 基本構想等には法的拘束力があり、したがってこれに反する施策は違法である。

(1) 地方自治法二条五項は、「市町村はその事務を処理するに当たっては、議会の議決を経てその地域における総合的かつ計画的な行政の運営を図るための基本構想を定め、これに即して行うようにしなければならない。」と定めている。したがって、市町村長は、基本構想等に掲げられた将来都市像の実現に向かう施策を展開する義務がある。

(2) 通達などの行政内規は、国民に対しては法的拘束力を有しないが、行政庁に対しては拘束力を有すると解すべきである。そして、地方自治法二条五項の規定を受けて発出された自治省行政局長昭和四四年九月一三日自治振第一六三号通達(以下、「本件通達」という。)は、基本構想の性格について、「当該市町村の総合的な振興計画あるいは都市計画、農業振興地域整備計画等の各分野における行政に関する計画または具体的な諸施策がすべてこの構想に基づいて策定され及び実施されるものであること。」としており、また、本件通達別紙「市町村の基本構想策定要領」第七は、「基本構想は、当該市町村の長期にわたる経営の基幹となるべきものであるから、・・・みだりに変更すべきものではないが、策定後の社会経済情勢の進展等外部条件の変化により基本構想と現実との遊離が著しく大きくなる等の理由により、当該市町村の経営の基本たるにふさわしくない状態になった場合においてはすみやかに改訂すべきもの・・・」としている。

(3) 基本構想等に反する施策の実施は、市町村経営の基幹の根本的変更を意味するのであって、このような施策を実施する場合には、予め基本構想等を改訂すべきである。そして、基本構想等には、右のように法的拘束力があるから、これを改訂せずに右のような施策をなした場合には、当該施策は違法となる。

前記のように与野市の基本構想等には与野市の他市との合併や政令指定都市を推進する方針は定められていないのであるから、与野市の消滅を前提とする与野市、浦和市、大宮市三市の合併、及び政令指定都市を目指すことは、基本構想等に背馳し、地方自治法二条一五項にいう法令に違反してその事務を処理することに当たる。

したがって、基本構想等を改訂せずになされた政令指定都市推進に関する本件公金の支出は違法である。

(二) 被告井原勇は、前記2(一)(1)の他に、同2(一)(2)の一九〇万円も支出した。

2  被告の主張

(一) 地方自治法二条五項に定める基本構想は、以下の理由より法的拘束力はない。

(1) 右条項は、昭和四四年に新設されたところ、その制定の趣旨は、都市計画法や農業振興地域の整備に関する法律等、各種の地域問題に関する諸法制が整備される関連において、市町村そのものが将来を見通した長期にわたる経営の基本を確立する必要性が強く認識されたことにある。したがって、基本構想は、市町村の運営、施策の基本的な指針というべきものであるが、右のような制定の経過からすれば、具体的な個々の施策の指針というより、地域の開発を目的として制定される各種計画の指針という性格が強い。

(2) 地方自治法二条五項の「基本構想を定め、これに即して行うようにしなければならない。」との表現は、同法一四条二項の「条例で定めなければならない。」との表現と対比することによっても明らかなように、文言上法的義務を規定したものではなく、行政上の努力義務を課した訓示規定である。

(3) 地方自治法二条五項の文言からすれば、基本構想の内容が法的拘束力を有するものと解さなければならないとすれば、基本構想の制定自体についても、市町村に法的義務が課されていると解さなければならない。

しかし、一般に法的義務を課するような条項の追加・改正にあっては、公布と施行との間に準備期間を置き、当該条項の施行時において違反がないように配慮するのが通常であるところ、右条項を新設した改正は公布の日から施行されているのであるから、右条項が法的拘束力を有しないことは明らかである。

(4) 都道府県に関しては、地方自治法二条六項一号に、「地方の総合計画の策定」という文言があるが、その規定の態様からすれば、右規定に法的拘束力がないことは明白である。

したがって、市町村に対する同趣旨の規定である地方自治法二条五項についても、法的拘束力はない。

(5) 基本構想も、具体的な施策に伴う予算も、いずれも市町村の議決を経ることが必要であり、基本構想と矛盾する疑いのある施策について予算が提案された場合、それに対する措置ないし対応は議会が判断すべき問題である。それ故、たとえ議会が基本構想と矛盾する施策の予算をそのまま議決したとしても、議会の議決やそれに基づく当該施策の実施が違法となることはない。

(6) 本件通達は、前記(1)の趣旨を踏まえ、基本構想の策定要綱を示したに過ぎないものであるから、地方自治法二条五項に法的拘束力を認める根拠とはなり得ない。

(二) 与野市の政令指定都市推進の施策は、基本構想とは矛盾しない。

(1) 基本構想の規定と政令指定都市推進の施策は次元が異なる問題である。

〈1〉 政令指定都市推進及びそれに不可避的に伴う市町村の合併問題は、それに加わる市町村が発展的に解消することが前提となるものであるから、当該市町村の存続を前提としたその地域の計画である基本構想の規定の対象外の事項であり、両者が矛盾するということはない。

〈2〉 合併は、関係自治体の合意が必要であって、合併の実現は不確定であるから、右合意が実現するまでの間、存続する当該自治体の施策の指針としての基本構想は必要である。

(2) 政令指定都市推進の施策は、与野市の基本構想等に反するものではない。

与野市の基本構想等は、首都圏にある埼玉県の中でも中枢的な地位にあり、かつ面積的には小さいという地理的条件に置かれている与野市が目指すべき当然の目標を掲げたものであり、これをもって直ちに将来的にも政令指定都市移行に向けての施策の実現を禁止していると解すべきではない。

第三争点に対する判断

一  地方自治法二条五項は、昭和四四年に新設されたところ、その理由は、地域開発の活性化に伴い、市町村において、これに対処するため地域の総合的、長期的計画的な構想を設定する必要性が増加し、また昭和四三年に都市計画法が、昭和四四年に農業振興地域の整備に関する法律が制定され、これら法律は議会の議決を経た市町村の基本構想が存在することを予定しているので、これら法律による制度と整合性を保つ必要があったこと等にあると解される。したがって、右規定に基づく基本構想は、市町村の運営、施策ついて、長期的視野に立った総合的かつ計画的な行政運営の構想として定められるべきであって、このことは、都市計画法が市町村が定める都市計画について(同法一五条三項)、農地振興地域の整備に関する法律が市町村が定める農地振興地域整備計画について(同法一〇条二項)、国土利用計画法が市町村計画について(同法八条二項)、いずれも地方自治法に定める基本構想に即するものであることを求めているところ、これらの法律における各計画は、これら法律の趣旨からいずれも地域の計画的発展のために長期的展望のもとに定められることが予定されていることからも明らかである。

二  次に地方自治法二条五項の規定は、基本構想の策定とこれに沿った事務処理を行う旨を抽象的に定めているに止まり、その内容、策定時期、改訂時期等に関しては、何ら具体的な規定が置かれておらず、また、基本構想の策定及びこれに沿った事務処理に関し、これに違反した場合の効力について直截に定めた規定も存しない。そして、基本構想が定められた場合においても、各市町村においてこれを実現するために如何なる具体的施策を採りうるかはその具体的状況によって様々であり、その実現の遅速が生ずることも当然であり、それ故にこそ、右条項においても、事務処理は基本構想に即して行うものとされていると解される。

三  そこで、右一及び二の事情に鑑みると、地方自治法二条五項に定める基本構想の趣旨は、各種法規に定められた関連の計画との調整の基準ともなるような、市町村の運営、施策についての総合的で長期的計画的な施策方針を定立することにあり、基本構想が個々の施策に対して法的拘束力を有することまで定めたものではないと解するのが相当である。

なお、同条項には、「基本構想を定め、これに即して行うようにしなければならない」との文言が用いられているが、行政関係法規においては、例えば同法二条一三項のように、明らかに訓示規定ないし努力義務を定めた規定にも同様の文言が用いられているから、右のような文言のみを根拠として、基本構想の策定及びその施行に関し市町村に法的義務を課したものということはできない。

したがって、市町村が実施する具体的施策について、これが基本構想と異なるという理由のみによっては、右具体的施策を直ちに違法ということはできない。

四  本件通達について検討すると、成立に争いのない乙二号証によれば、本件通達は自治省行政局長より都道府県知事を各宛人として発せられたものであり、本件通達には「今後、市町村の基本構想の策定にあたっては、別紙『市町村の基本構想策定要領』を参考とするよう貴管下市町村に対し十分なご指導をお願いする。」と記載されていることが認められる。

そして、市町村の基本構想の策定は、そもそも地方公共団体たる市町村が固有の事務として行うものであり、市町村が自治省或いは都道府県知事の下級行政機関として行うものではない。そこで、本件通達は都道府県知事宛てであること、及び右のようなその記載内容に照らすと、本件通達は、地方自治法二条五項について統一的な取扱を図ることを目的として、市町村の参考のために、同項の解釈、運用の指針を示したものであって、市町村に対し基本構想の策定に関して何ら法的義務を課したものではないと認められる。

五  なお、与野市が策定した基本計画は、同市が基本構想に基づいて作成したものであるところ、基本構想に具体的な施策に対する法的な拘束力が認められない以上、右基本計画にも法的な拘束力を認めることができないことは明らかである。

六  よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大喜多啓光 小島浩 水上周)

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